Nature Blog

重圧・・・トップの孤独”(-“”-)”

2019年1月16日

稀勢の里の引退・・・残念です。

確かにこの3日間の取り組みをみれば、3連敗は引退に匹敵する結果、「横綱として当然でしょ」だの

「もう無理では」だの世間は当然の反応をすると思いますし、何より本人がその重責に耐えられなく

なって圧し潰されそうになっている今、引退の決意をするしか道はないところまで追い込まれたと思

います。この3日間、土俵際に登場する稀勢の里の顔の表情にもどこか焦点のあってない感じがして、

プレッシャーというより自身の存在すら上の空になってしまっているような感じを受けました。

私は相撲に興味がある訳でも、稀勢の里のファンでもないので相撲を視聴してきた訳でもないのです

が、最近何かと話題に上がる相撲業界で、この初場所は特にもう後がない唯一日本人横綱力士である

稀勢の里の進退がかかる場所と聞いて、初日から何となく今回は番組の終わりの方だけ観ていました。

初日の御嶽海戦は、御嶽海にとっても今場所は三役から落ちての復帰戦になるため、どちらも負けら

れない闘いにはなるし、どちらも応援したいしで複雑な心境で観ていました。

初日は私自身も肩に力が入ってしまったり(;’∀’)複雑な思いもあってわからなかったのですが、翌日の

稀勢の里の取組前の顔は、すでに負けの顔していて、観ているのが少し切なかったですね。負けた時

は「やっぱりー(*´Д`)」と。でもここで引退宣言はしないだろうと思いました。

昨日3日目の敗戦で、「引退」という言葉は当然囁かれるだろうけれど、本当は開き直る位の気持ちで

今場所は出続けて欲しかったと思いました。

稀勢の里は本当に辛かったと思います。後がない立場での、トップゆえの「孤独」との闘いはあまりに

も過酷過ぎたような気がします。

 

大企業であっても、私のような石ころごとくちっぽけな事業主でも、世界に羽ばたくアスリートであっ

ても、「孤独との闘い」は上にたつ身としてある意味様々な重さを背負う身として当然なのだとは思い

ますが、やはり皆同じ人間です。くじけることもあれば、不安に押しつぶされそうになることだってあ

ります。ひとり悶々と悩み苦しむのは、誰にもできない何かを背負った者の宿命なのかもしれません。

 

稀勢の里の後がない・・・本当に後はないのでしょうか。歴史や伝統を守ってきた日本の国技である相

撲の慣習から決めつけられた道であって、大事なことかもしれませんが、人ひとりの人生でもあります。

こんな形で「引退」に押しやってしまっていいのか。こんな辞め方、稀勢の里自身がこの先生きていく

中で絶対納得がいかない、下手をすれば一生自分を責めて生きていってしまうのではないかとそんなこ

とを心配してしまいます。

日本人はすぐに白か黒か、いいか悪いかと決着をつけたがりますが、2度目の優勝の時も「待つ」こと

をしてあげられるシステムがあったら稀勢の里も傷を負ってまで優勝にこだわらずに長い先をみて休む

判断をつけられたのではないのかと思います。あの時無理していなければ・・・😢

「無理」は何も生まない。生まれない。

カウンセリングでもそこはクライエントさんによくお伝えする言葉です。

こんな幕引きあって良いのか・・・稀勢の里の「引退」は本当に悲しい決断でした。