Nature Blog

2019年5月30日

ここ数日は本当に5月らしく、とても爽やかで気持ちの良い日々が続いていますね(^^♪!!

1年中5月だったらいいのにと思ってしまう私がいます。本当に大好きな季節です(⋈◍>◡<◍)。✧♡

さて、当ルームは6/3(月)~6/8(土)まで、カウンセラーのリフレッシュ休暇のため、ルームをお休み

させて頂くことに致しました。気まぐれなカウンセラーの突然の思いつきにより、皆様には大変ご迷惑お

かけしますがご理解と共にどうぞよろしくお願いいたします。

私たちカウンセラーは、日々「人の人生に寄り添う」というとても重いお仕事をさせていただいています。

いつもクライエント様とお話させて頂いている間は、全身全霊耳を傾けて神経を集中していますが、長年

この仕事を続けてくる中で、最近やっと自分自身がその疲れを感じ取れるようになり、「今、休み時!!」と

セーブするタイミングを掴めるようになってきました。

このお仕事は自身にエネルギーがないととても向き合えるお仕事ではありません。

長年お付き合いいただいているクライエントさんには、だんだん人の気持ちを感じたり理解する余裕が出て

来られたのか、「そうですよね、人の話を聴くエネルギーってすごいと思います。自分のことで精一杯の私

にはとても人の苦しみを聴いてあげるなんて考えられない」「たまにはゆっくりされてください」等々とお

っしゃってくださる方もいらして、突然のお休みにも関わらずそんな声を掛けて頂いて、逆に私は(ちゃん

と人の事を見てその大変さを感じてくださっているじゃないΣ(・ω・ノ)ノ!)と驚くことがあります。

実はそんな言葉もカウンセリングの過程としてクライエントさんの状況を判断する大事な要素になります。

人のことどころではなかった方がちゃんと人の心配をしていることが素晴らしいですよね、しかも無意識に。

ものすごい進歩であり、少しずつご自身の中に「余裕」が生まれてきているのだと思います。

もちろんまだ、お休み中はルームに来れないのかと不安に思われる方もいらっしゃいます。ただ、全くそう

いう方を無視している訳ではなく、時期をみて少し離れてみて、その間のご自身の状態や感じたことなどを

ルームが再開した時に何気にお聴きすることで、今後の判断材料として見させていただくというこれもカウ

ンセリングの一環になります。「不安」だった時どうしたかも大事な感覚です。

私のルームではよくクライエントさんにお伝えすることなのですが、「ルームでお会いしていない時間もカ

ウンセリングしているんですよ(#^.^#)」と。私はカウンセリング後の普段の生活の中でどうご自身が変化

が起きたか、そして何をどう感じ、何を考えたかはとても大事なプロセスとして捉えています。

だから、又皆様としっかりお会いできるように、私もエネルギーの補充をしてきますので(´▽`*)

また、お話しましょうね。

2019年5月28日

ここ5~6年前位から、他人を攻撃する人間についての書籍が多数発行されるようになり・・・と言っても

私がその手の書籍を手にするようになったのがごく最近のことですが、「書籍」になる位平気で人をいた

ぶる(甚振る)人間の正体というものの分析、そして何より攻撃された人が、苦しみや辛さを感じている

にも拘わらず、その攻撃の言葉を自分のせい、責任と捉えてしまい何の責任も問題もない人間がただ傷つ

えられて社会の隅に追いやられ、その目的を果たした人間は人を潰した意識もなく平然と又次のターゲッ

トを見つけるという最悪のスパイラルに気づいた精神科の医師やセラピストらが、「DOKU」にやられた

患者さんやクライエントを救う手立てとして着目し始めた事案なのかなと思います。

私も以前は、人を傷つける言葉を平気で投げかけるような人はその「人間性」「性格」なのだとして捉え

ていましたが、その行為はもっと根深いものであり、それを止める手段はないのだという悲しい、理不尽

な現実を知りました。やりきれない思いです。

では、有毒人間とはどんな人の事をいうのか、とにかくターゲットを見つけてはその人の言葉や行動をひ

たすら批評し続けるのです。他人の弱点をあらわにし、責任を押し付け、ストレスの元凶となります。有

毒人間は質の悪いことに自分の過ちについては全く念頭にないため、相手を平気でとことん追い詰めます。

他人の生き方を指図したり支配したり、そして徹底的に人の夢実現の邪魔をしてきます。

ターゲットとなる人は人を責めるようなことをする人ではないため、強く批評され続けると「自分が悪い」

と錯覚させられてしまい、謂れのない言いがかりに翻弄されて自分を見失い、やる気を損ねられたり、自

信を失って先に進めなくなってしまうことも。その姿を満足げに見るのが有毒人間の目的なのです。

ルームを訪れるクライエントさんの中にも確かに昔からそこに苦しみ、自分を責められてどうにもならな

いところまで追い込まれた方もたくさん来られました。

これまでのカウンセリングでは、「相手は変えられない」、でも決して「貴方が悪いのではない!!!」こと

だけは当然のこととして、相手の手の平に転がされない法を話してきました。

実は自身がこの苦しみを抱えていたことに最近気づき、酷い落ち込みや悲観に悩み、どうしようと焦りま

した。カウンセリングではひたすらクライエントさんの味方として寄り添っていた私が、いつの間にか自

分がそのスパイラルに巻き込まれ自分を見失うところまで追い込まれてしまっていて、何故自分の事に気

づかなかったのかと悔やまれました。早く気づきなさいよ!!ってほんと、バカですよね(;^_^A

でもそれで出会ったのが、「心に毒をもつ人たち」(心理セラピストであるベルナルド・スタマテアス著)

と精神科医である片田珠美先生著の「他人を攻撃せずにはいられないひと」でした。

まさかこれが本になる程の大変な事態とまで捉えていなかった自分が情けなかった・・・

他にも驚くほどこの類の本が出版されていることを知り、これはとても重大な事案なのだと認識しました。

と同時にホッとしたのも正直なところです。大事(おおごと)に捉えていいことなんだ、と。

また、私は毒を吐く方には、きっとその人にも抱えきれない程のストレスがあって当たれるところに当たっ

てる位でしか見ていなかった(漠然と。それはそれでそのとおりでもあった)のですが、ルームではストレ

ッサーに着眼する必要はないので、目の前にいるクライエントさんだけに気持ちのシフトをしていました。

でも、「有毒人間(ベルナルド曰く)」が毒を吐く理由や人間性というのをどの著でも共通の分析がなされ

ていて、それを知るとターゲットにされた人が悪い訳ではない理由がはっきりとし、だったら悩んだり落ち

込んだりする必要は全くなく、貴女のせいではない!!!を今まで以上に立証できると確信しました。

どの著にもそういう人間と距離を置く、近づかないのが1番と言われていますが、それができたら苦労はしな

い。「DOKU人間」が職場の上司であったり、家族であるとなかなか距離をおけないところでどう対処して

いくかが本当に1番の悩みどころになってきますよね。

今までもクライエントさんのそれぞれの事情や環境でどう考え、対処していくかはカウンセラーが関わること

で少しでも楽に生きる方法は見いだせると思いますが、私も今回「有毒人間」は「病識」であるにも関わらず

「病識」できない、しない人間のことであると知って、もっとクライエントさんの気持ちや状況に寄り添い、

対処についても踏み込んで考えていっていいのだと思えて、長年放ってみて見ぬふりして来た自分の事態も、

貴女のせいじゃない❕、あなたは悪くない❕を肝に銘じたいと思います。

あなたのまわりに「有毒人間」がいて、それに苦しんでいることに気づいた方は、この類の本を是非手にして

みてください。きっと考え方やものの見方が変わると思います。

ただ、毒を吐く人間の方に気づきを与える手段がない!!!のが本当に残念です。が、心に毒を持つ人間、やたら

人を攻撃する人間は、実は臆病な意気地なしで、他人を恐れていて真正面から立ち向かう勇気がないからこそ

陰湿な手を使い言葉を操って背後から切りつけるようなことをしてしまう、本当は弱~い人間なのです。

だから、そんな人間に振り回され苦しんでいる人は、そこに視点を置いてはいけない!!!ことをお伝えしたいと

思います。

自分の「信念」に基づいて、自身をしっかり守っていきましょ、大丈夫!!!(*^_^*)

2019年5月22日

真っ赤なゼラニウム・・・花言葉は「君ありて幸福」だそうです(#^.^#)

今年も元気に花を咲かせてくれました。と当たり前のようにこんな写真まで載せましたが、この花を育てて4年が経ち、

この冬はベランダのハウスに放り込んだまま何をするでもなく知らん顔。なのに、3月ごろから葉が青々と増え始め、

それでも気になりつつ何となく見て見ぬふりで過ごしてしまったのですが、、、

なんと数週間前から花のつぼみがついて、2日前いきなり開花✨🌸✨!!! 雑草ではないはずの花ですが、こんなに何

も手を掛けずにいたのにしっかりとした葉をつけ、花を咲かせてくれて、申し訳なさと共に植物の生きる強さに感動。

初めての冬を迎えた時は、どこに置いてどのように管理すれば冬が越せるかなとベランダにハウスを置いたり、家の中

で育てたり一生懸命でした。その甲斐あって冬のさなかに花を咲かせてくれた時はちゃんと手を掛ければ答えてくれる

ものなんだなぁと感心したことを思い出しましたが(⋈◍>◡<◍)。✧♡。

2株中、一つは完全に枯れてしまってからは、何となく諦めもあってもう4年も楽しませてくれたからいいっか(;’∀’)と

私の悪い癖がムクムクと顔を出し、本当に何もしなかったのに、、、

こんなに元気に花を咲かせてくれて「ありがとう💛」と「ごめんなさい🙇」の気持ちでいっぱい。

言葉を発しないのをいいことに、植物であっても生き物を放り出すなんて最低ですよね。反省です。

日に日に蕾を増やしていってくれるのを見て改めて「生命力」みたいなものを感じます。

今年の私は、生涯を通して長くその関係を続ける人(男女関係なく)との大事な出会いがある!!!そうで、まさにこの花

の花言葉どおり「君ありて幸福」を思わせる大事なメッセージをちゃんと知らせてくれたのかもしれませんね(´▽`*)。

2019年5月15日

2か月近くもご無沙汰してしまいました。母が転倒、大怪我をして入院療養や転院等の騒ぎ、仕事と病院通いの

慌ただしい日々に気になりながらもブログまで手が回らずでした。

たった2か月ですが、平成から令和に時代が代わり新天皇の即位。雅子皇后の晴れやかな美しい笑顔はこれからの

安泰をイメージさせてくれるようなホッとした気持ちになりましたね。本当に素敵な笑顔でした。又「れいわ」と

いうとても綺麗な響きにどうかその名のとおり、新時代が世界が美しく平穏で平和な時代であって欲しいと願うば

かりですね。

 

といいつついきなりの滋賀県大津市での事故は本当に痛ましく、亡くなられたお子さんやご遺族、未だ意識不明の

お子さんや保護者の方、軽かったとはいえ心にも傷を負ってしまった園児や保育士の方々のこれからを思うと胸が

痛みますよね。

事故後の素早い保育園の会見では、全くの被害者である園に対し、まるで園に不備があったかのような心ない記者

達の不躾な質問攻めにネットでは大変な批判が殺到しました。

勿論、保育園になんの落ち度もないどころか、未来ある幼い命を奪われ、子供たちに大きな傷を残し、きっと現場

にいた保育士さんたちは、たとえ非がなくても目の前で死にゆく子供達を助けられなかったという責めや後悔は当

然何一つ責任はなくても、当分癒えることなく背負っていかれるのではないかと思うとお気の毒でなりません。

ただ、この心無い記者達の意地の悪い質問責めのおかげで、全国より「保育士さん、ありがとう」の感謝の声と、

この保育園が日ごろからどれ程お散歩に際して細心の注意を払っていたか、非の打ち所のない行程計画の元に実施

されていたことをしっかり証明できた、それを世間にもきっちり公表できたことに、何か少し救われたような気も

します。この会見がなかったら、もしかしたら園がもっとこうしていればよかったのではという見方をしてしまう

人もいたかもしれません。でもこの会見のおかげで全国一斉にそんな疑問すら持てない程に一寸の落ち度もなかっ

た証明が出来、さらに亡くなった園児を悼んだりけがをされた子供達、保育士さんを応援する声だけがあがったこ

とがせめてもだったのかなという気もします。

記者に対しても、「記者の仕事」と言ってしまえばそれまでですが、すぐに誰かを責める日本人気質、いきなり犯

人捜しをしたがる日本人、これは改めて人としてどうなのかを問う大事な案件だったと思います。

記者会見は憤りを感じるものではありましたが、事故後すぐに公に開いたおかげで一気に園の素晴らしさも浮き彫

りにするという一面も担った!!!という皮肉にも全国の誰にも何が原因だったのかを一早く知り得たニュースになっ

たのも事実だったのではないでしょうか。非人道的記者に感謝かもです。

事故事態は日常どこででも発生している「交通事故」だったのかもしれませんが、死者まで出した大きな事故に

より、加害者の心情、事故を起こしてしまった経緯、そして貰い事故により被害者でありながら、自身の車で直接

人に当たってしまった運転手の方も責任はなくても、きっと人に当たった感触は忘れることができない程のショッ

クだったと思います。

この事故で私も含め、多くのドライバーは何も考えずにしていた自分の運転を今一度見直し、ひとつひとつ確認を

しつつ気を付けようと改めて関心をもったことと思います。大きな犠牲の上に。

 

話は変わるのですが、今回母が怪我をして入院したことにより、新たな面からとても考えさせられた事実がありま

す。長野県は長寿県として全国でもトップクラスに名を連ねています。夏は極端に暑く、冬極端に寒く雪深い所、

冬が長いせいでお漬物が常備菜にするため塩辛いものを口にする・・・等考えたら決して長寿になどなり得ない県

だと思うのですが、何故なのでしょうね(;’∀’)

様々な健康番組で取り上げられては「そうなんだぁ、でもすごいな」位にしか意識はなかったのですが、母の入院

により「介護」というキーワードが降りかかって来た時、私はいろいろな理不尽を知りました。

長寿県=お年寄りが多い・・・ことの弊害の大きさに本当に驚かされました。

これは母に限ったことではない話なのですが、高齢者は自分一人では出来なくなることがだんだん増えていきます。

その出来なくなった範囲により介護認定を受け、「支援」か「要介護」か、又その度合いによりヘルパーさんの手を

借りたり、介護用品を借りたり等その認定書により借りられる用具や金額も決まるようです。

東京では杖をつきながら街を闊歩していても「要介護」認定が下りている、それに比べて長野県ではあまりにお年寄

りが多く介護費用がかさみ過ぎて予算がなく、どの位かかっても一人で何とか立って1歩でも歩けば「支援」扱いに

されてしまう、出来なくなることが増えて改めて介護認定を受けても非常に厳しく判断され、なかなか「要介護」に

ならないという実情があるのだそうです。

どこにいても介護保険は収入の中から皆かけてきても、実際年を取って人の手を借りなければならない状態になった

時、お年寄りの少ない所は手厚く介護を受けられるが、長寿県でお年寄りの多い所は費用がないと蔑ろにされる・・・

では今まで世の中のために一生懸命働いてきたお年寄りが可哀そうだと、あまりの理不尽さに何だかやりきれない気

持ちになりました。このまま長野にいたら自分はどうなってしまうのだろう・・・と真剣に考えさせられましたねぇ。

「長寿県」とは単に喜んでいいことではなく、裏側にあるそれが故の事案を知らないと、実際自分に降りかかって来

た時、どう捉え、どう対処していくかをきちんと見なければ大変なことになることを知りました。

地方によって格差を生んではならないことですし、選挙の時だけ高齢者福祉を掲げても当選してしまえばそんな話は

どこへやら・・・日本の政治に期待はしていませんが、それでいいの?と常々憤りを感じています。

日本では自分の身は自分で守るしかないのでしょうかね。

それはともかく、事故のように予め予想すらしていなかった事態に遭う事すらある世の中ですから、何かあった時に

柔軟に対応できる受け皿を持つことも大事なことだと考えさせられました。常に様々な面から物事を見る癖をつけて

おく訓練も大切なのですね。

カウンセリングにおいては物事を一方から見るだけでなく、様々な方向から見る、考えるは当たり前の癖として自然

にしてきたつもりでしたが、カウンセリングを離れた世界の中でも物事を見方を変えて様々な情報を得る大切さをこ

の2つの事案を見てつくづく考えさせられましたね。